毎週水曜日の更新

おはようございます!

今回は、toshiがブログの更新をいたします。

「一燈照隅(いっとうしょうぐう) 万燈照国(ばんとうしょうこく)」

私は、この言葉が大好きです。

この言葉の意味は、

「たった一人ではできる事も限られ、片隅を照らすだけの小さな灯火でも、いずれ多くの人々が共鳴し小さな灯火が大きな数になったとき、国中を照らすことができる。大きく物事を動かすことができる」です。

私は、地域福祉担当になった時、私が1つの灯火になって、いずれはすみずみまで照らす灯火ができたらいいなあと思っていました。

すべては、奈川に暮らす人々が住み慣れた地域で最期まで暮らすために!

この「住み慣れた地域で最期まで暮らす」というのは、福祉においても課せられた課題、もしくは目標だと思っていました。

今の私の気持ちは、これとは少し違って生きている全ての人が自分が死ぬその時まで、どうやって生きるか考えて生きることが大切だと思っています。

6年前の私は、デイサービスの仕事からヘルパーの仕事に変わり、ヘルパーとして働く中で、病院ではなく、施設ではなく、自分が住んでいた地域で、暮らしを続けていた地域で、最後は畳の上で、、、それが全ての人にとって理想であり、正しいことなのだと思っていました。

ヘルパーの利用者さんは、全ての人が「家に居たい。奈川で暮らしたい。ずっとここに居たい。」と言っていました。

そしてそれを願っていました。

ヘルパーとして在宅生活を支え続けるのが、私の仕事と思っていましたが、現実は色々な人の考えが混ざり、利用者の希望通りにいかないこともありました。

奈川において、ヘルパー1人の力で、在宅生活を支えるなんてことは無理なのだと何度も痛感しました。

私は、「家に居たい」という利用者の願いを叶えてあげられない。

施設に行く事を止められない。

腕を大きく広げて止めようとしても、どんどんすりぬけて行ってしまう。

どうしたら、奈川でずっと暮らすことができるのだろう。

私の悩む日々が続いたのでした。

そして、施設に行った方を訪問してみました。

利用者さんから「今までは、1人で頑張ってきたけど、ここでは、ご飯も出てくるし、快適だし、職員は優しいし、来て良かった」という声が聞かれました。

もしかして、施設はダメなんてことはないのかもしれない。

私の心が少し救われた瞬間でした。

そして私が出した結論の一つは、奈川で暮らすには、地区全体がグループホームとして考え

奈川に住んでいる皆が、介護員として働き支えていかなければ、奈川に住み続けることは難しいと思われてしまうのかも、と思いました。

お互いに支え合いながら生きることができれば、この地区は、どこの地区よりも素晴しい地区だと言えることができる。

いつかそうなったらいいなあ。

【更新頻度】毎週水曜日+伝えたいことがある時

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今年初めてクマを目撃しました!

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松本市役所市民課に奈川コーナーができてました!!

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